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東京高等裁判所 昭和63年(行コ)12号 判決

控訴人(被告) 大場啓二

被控訴人(原告) 後藤雄一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示中の「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人

本件において、出張検認手当に係る支出負担行為は、世田谷区長が国民年金課長に内部委任(事務の専決に同じ)していたから、内部に対する関係においては、区長が当該権限の行使に何らかの関与をしたか、少なくとも、区長に指揮監督上の故意又は重大な過失があつたと認められる事情がないかぎり、委任の理論を類推し、当該処理事項について実質的に権限を行使した者がその責めに任ずべきであつて、区長は責任を負わないと解すべきである。

そして、本件において、控訴人は本件手当支給手続に全く関与しておらず、控訴人が昭和五〇年に区長に就任した当時、既に規則検認方式の下で右手当が支給されていたこと、予算案の作成に当たつては、職員の諸手当は一括計上されるなど、控訴人が関与する段階では、職員の諸手当の内容について検討することはないこと等からして、質量ともに膨大な行政事務を担当する控訴人が、本件について積極的に問題点を把握し、改善措置をとるよう指揮監督すべき義務があるとするのは、不可能を強いるものであり、本件支出負担行為に関し、控訴人には、指揮監督上の故意過失は何ら存しないというべきである。

2  被控訴人

右の主張は争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一三枚目裏三行目の「そして、」の次に「外部に公示される法形式により、」を、四行目の「委任」の次に「(いわゆる外部的な委任)」をそれぞれ加える。

2  同一四枚目裏七行目の「しかしながら、」を「そして、」に改め、同一五枚目表一行目の「委任」の次に「(いわゆる外部的な委任)」を加え、一〇行目の「右権限」から同裏三行目末尾までを次のとおり改める。

「 これを同区長が所管課長に対し、権限の委譲を伴ういわゆる外部的な委任をしているということはできないが、右権限に係る事務処理の便宜上その意思決定の権限の行使を区長がその補助機関である所管課長に任せることとし、同課長が区長を補助してこれを執行する旨を定めたもの、すなわち、権限の委譲を伴わないいわゆる内部的な委任(いわゆる事務の専決)をしているもの(それは法令上の明確な根拠がなくとも許される。)と解される。」

3  同一六枚目表一行目の「外部的には」から同裏一行目末尾までを次のとおり改める。

「 世田谷区長にあるが、事案決定手続規定四条、別表一の十八の項により、国民年金課長にその支出負担行為としての支出決定をすることにつきいわゆる内部的な委任(いわゆる事務の専決)をしていたものであり(前記のようにこれにより世田谷区長はその権限を失うものではない。)、弁論の全趣旨によれば、現実に同課長が右の支出決定を行つているものと認められる。」

4  同一六枚目裏六行目の「そうすると、」を「右事実及び証人高田峰利、同成富則紀の各証言によると、」に、七、八行目の「ことが窺われる。」を「ものと認められる。」にそれぞれ改める。

5  同一六枚目裏九行目の「しかしながら、」から一七枚目裏四行目末尾までを次のとおり改める。

「 しかしながら、右3に述べたとおり、本件手当の支給についての支出負担行為の権限は、事案決定手続規定により所管課長に委譲されるものではなく、あくまで世田谷区長にあり、ただ、同区長は内部的にその意思決定の権限の行使を補助機関である国民年金課長に任せているにすぎない。したがつて、同課長が同区長に代わり違法な決裁を行おうとするときは、同区長は、同課長に内部的に右意思決定の権限行使を任せている支出負担行為及び支出命令の権限者として少くともその指揮監督上これを阻止すべき責任があり、故意又は過失によりこれを阻止しなかつた場合には、区に対し損害賠償責任を負うものと解すべきである。」

6  同一九枚目裏九行目の「考えられないわけではないが、」から末行の「場合も、」までを次のとおり改める。

「 考えられないわけではなく、原本の存在及び成立に争いがない乙第一〇号証の一ないし五、成立に争いがない乙第一一号証、証人高田峰利の証言によれば、本件当時、年間のうち特定の月に限つて、わずかに個別訪問が行われていることが認められるが、同証人の証言及び弁論の全趣旨によれば、」

7  同二一枚目表七行目冒頭から二二枚目表四行目末尾までを次のとおり改める。

「 前記認定のとおり、控訴人は世田谷区長として本件手当支給手続には全く関与しておらず、成立に争いがない乙第八号証、証人成富則紀の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が世田谷区長に就任した昭和五〇年には、既に規則検認方式による事務を行う職員に対し本件手当が支給されていたこと、世田谷区において、予算案作成に当たつては、職員の諸手当は一括計上され、予算説明書においても特殊勤務手当が予算の目別に一括して計上されるにすぎないことが認められる。しかしながら、他方、控訴人が世田谷区長に就任以来、本件当時まで約九年が経過していること、成立に争いがない甲第一〇ないし第一二号証、第一七号証、証人成富則紀の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件手当は昭和六〇年に廃止されたが、その前から既にいわゆる行政改革が叫ばれ、地方自治体においても、これを進めるようにとの国の通達があつたこと、なお、控訴人自身も、これに先立ち、昭和五四年頃から、世田谷区において同趣旨の行財政改革の点検運動を行い、各課の事務の見直し等をしていたこと、公務員の特殊勤務手当については、従来から問題が多いとされていたことが認められる。そして、これらの事実に照らすと、前記のような事情があるにもかかわらず、控訴人は、昭和五九年当時、国民年金の保険料の納付方法につき、実際には出張検認方式による事務が行われていないことについて、これを知り得べきであつたものと認めるのが相当であり、したがつて、国民年金課長の違法な本件支出負担行為を阻止しなかつた控訴人には、少なくとも過失があるものといわざるを得ない。」

二  よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 越山安久 鈴木經夫 浅野正樹)

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